☆ 3月第3週 ☆    2015/03/12 〜 03/18


 憲法を考える ・・・ 第24条についての新しい関心 

日本国憲法を何が何でも今のままに『墨守』することが、平和を願う立場からは
至極当然だと考える人々がいます。 憲法を変える等、とんでもない暴挙だと ・・・
そういう人々は主張しているように思えます。

私は、このブログの中でも、すでに 憲法改正に関する意見 を記しています。

今回は、前の個所とは別の件で、現行憲法の『非人間性』を取り上げたいと思います。




   ●結婚をめぐる最近の話題

    現行民法が、「婚姻の際、二人はどちらかの姓を名乗る」ことや、「女性は、離婚後6ヶ月間は次の婚姻が
    できない」と規定しているのは、憲法違反だという議論があり、専門家による検討が始まっているそうです。

    今回、取り上げたいのはそれとは別のテーマです。
    東京都渋谷区で、「同性カップルに証明書 条例案」 を区議会に提出するというニュースが報じられました。

    世界的には、 同性婚を認めている国々 がすでにありますが、日本国憲法は、第24条1項で、「婚姻は、
    両性の同意のみに基いて成立し・・・」 と異性婚のみを明示的に認めています。

    これが、現代という時代の要請に、真に適合した規定であるかどうか? というのが、今回の問題提起です。    


   ●セクシャル・マイノリティへの認識

    近年、セクシャル・マイノリティ(性的な事柄で、独自な特性を持っている少数の人々)に対する認識は、
    かなり変化しているとはいえ、その人々が抱える問題・悩みに関して、他の人々が正しい認識なり、対処を
    しているかといえば、まだまだ好奇心とか、嫌悪感を持っていると言わざるを得ないのが現状でしょう。

    私は、偶然にこういう問題に関心を持つ機会があり、以前に、私なりの考え方の整理をしたことがあります。

         ゲイについて、本気で考えてみよう

    実は、セクシャル・マイノリティには、単にゲイの人だけでなく、レズビアン、トランス・ジェンダーなど、
    いろいろなタイプがあり、それぞれ固有の特徴をもっているのです。 それが社会一般から理解して貰え
    ないところに、切実な悩みや困難さを抱えている訳で、やっとこういうテーマについても、人々が真正面
    からの関心・理解を持ち始めたというのが、日本の実情だと思います。


   ●カトリック教会での動向

    正直にいって、教会の現状としては、まだこの問題への認識が深まっているとはいえないと思います。
    もっとも、日本の教会では、ゲイを自認・公表する人が、周囲の信者から特別な目を持たれることなく、
    教会に普通に出入りしているケースはあります。
    しかし、教会全体の見解としては、まだ中世同様の姿勢が続いており、この問題に真摯に取り組んで
    いこうという雰囲気は公式には見られないのが現状です。

    昨年、バチカンで開かれた世界規模の『シノドス』という高位聖職者の会議(世界代表司教会議)でも、
    フランシスコ教皇が一昨年強調した「神を求める善意の同性愛者を裁くとしたら私は何者か。彼らは
    のけ者にされずに、社会に統合されなければならない」との意向を盛った原案は、議論の末に否決され、

         同性愛カップルに神が定めた結婚や家族と同じ結びつきを認める根拠はないと明記され、
         「それでもなお、同性愛者については敬意と配慮をもって迎え入れなければならない」
         との一文だけが残されていた。
         しかしこの部分さえ賛成118、反対62と、採択に必要とされる3分の2の支持を得られ
         なかった。

    と、報じられています。

    こういうカトリック教会の保守的傾向は、西欧の人々にどう受け取られているのでしょうか?
    決して少なくはない数の聖堂(教会堂)が閉鎖され、ミサに参加する信者の数が減少する現状を見る
    につけ、伝統的な教会の姿勢に人々が失望していることが伺えるのだと思います。

    フランシスコ教皇が投じた一石が、カトリック教会に受け入れられる日が来るのは、まだまだ先のことで
    しょうが、教会の長い歴史は、いつでもそのような「気長なスパン」でしか変化して来なかった訳で、
    取り立てて大騒ぎするまでもないと考えるしかないのでしょう。

        私の別のブログで、昨年秋、すでにこの問題の紹介を行っています。


   ●現行憲法は、本当に改正を要しないのか?

    さて、今回のテーマ、現行憲法の改正は、本当に必要がないのでしょうか?
    憲法は、第9条だけの問題ではないのです。 日本人の基本的な権利に関する事柄が多々あり、
    そういうテーマをめぐる国民の考え方には、時代の流れによって大きな変化が見られます。
    社会の変化に伴って、これまで気づいていなかった新しい「人権に対する考え方」の台頭・拡散が
    見られます。 そういう現実に目をつむり、ただ『憲法を守れ!』と叫ぶ人々に、私は大きな違和感を
    覚えているのです。






プログラムで振り返るオペラ Part.2 C : ヴェルディ 「イル・トロヴァトーレ」


   このオペラ、なかなかの内容を持つものですが、何故かきちんとしたステージとしては一度しか聴いて
   いません。 不思議でなりません。 
   関西歌劇団の新人歌手によるハイライト版での演奏は、地元のホールで聴いたことがありますが・・・


 1980/ 7/26 エレーデ指揮 東京都交響楽団: 東京文化会館
 栗林義信、片岡啓子、井原直子、ウィリアム・ウー ほか  二期会オペラ公演

   この時点、東京に単身赴任中でした。 土曜日の休日、朝のうちに洗濯をし、ゴルフの打ちっぱなしに    
   行き、ちょっと午睡をして、夕方、上野に行ったと記してあります。

   とにかく、「血沸き、肉躍る」オペラだ。
   聴かせどころが多く、ドラマティック。

   片岡さんのレオノーラ、井原さんのアズチェーナの巧さ。
   それに比べると栗林さんはリリックさに物足りなさを覚え、
   ウーさんも4幕はよかったものの、十分響かせていたとは
   思えない。

   全体を通して快いテンポで、満喫できたすばらしい出来栄え。


   LPでは、トゥリオ・セラフィン指揮、ミラノ・スカラ座でのものを持っていました。
   これはカルロ・ベルゴンツィ、バスティアニーニ、アントニエッタ・ステルラ、コッソットといった名人揃い
   の演奏で、文句なしの名演でした。
   また、LDでは、ジョバニネッティ指揮のヴェローナ・オペラ音楽祭でのもの。 こちらにも、コッソットが
   出演していました。  いずれも知人に引き取っていただいています。





今週のBefor &
  After    
  声楽教室の個人レッスンで、今回はイタリア古典歌曲
  Nel cor piu non mi sento を指導していただきました。
  (練習する曲はそれぞれの生徒が自由に選びます。)

  今回も、イタリア語の発音で、多くの指摘がありました。

  おかげで、かなりの改善が実現できたのでした。
  とはいえ、まだまだちゃんとした形には程遠い ・(>_<;)・

  レッスン前  ⇒  イタリア語の指導  ⇒  レッスン後
  



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