☆ 11月第1週 ☆    2014/10/30 〜 11/05


臨死体験 : 鈴木秀子  「死にゆく者からの言葉」  C


著者のシスター鈴木は、お母さんが入院している伊豆の病院で、たまたま出会った
土屋さんというおじいさんの足をさすってあげています。 今回のエピソードはここから始まります。


   漁師の土屋さんは、今では身寄りもなく一人暮らしでした。 やはり漁師の一人息子がいた
   のですが、若い時に時化に遭い、波に攫われてしまったといういうことです。 土屋さん自身も
   二年ほど前まで、ベテランの漁師として小舟に乗っていたのです。 ある日、急に荒波が舟を
   襲い、櫓を漕いでいた彼は、舟底にいやというほど叩きつけられました。 背骨が折れました。
   七十を越えたのでそろそろ海から上がろうかと考えていた矢先のできごとでした。

   それから二年、土屋さんはその背骨の打ち身が致命傷となり、体を動かすことができなくなり
   ました。 寝たきりになった彼は、一生、潮風にさらした浅黒い肌に深い皺を刻み、布団の中に
   小さく縮こまっていました。 目だけ大きく見開いてじっと私を見つめてはいますが、足を
   さすっても何の反応も示しません。
   「土屋さん、どうぞお大事に」


   「三月末に、土屋さん、またお見舞いに来ますからね」
   そう声をかけたらしいのです。 というのは、私はそのことをすっかり忘れていたからです。
   「多分、土屋さんはもう亡くなられただろう」
   しかし、誰か顔見知りの人でもいるかもしれないと思いながら、病院に入りました。 すると、
   出会った看護婦さんが、こちらから聞く前に、土屋さんは個室に移っていること、今日かも知れ
   ない、明日かも知れないという状態で、ひと月半生き永らえてきたこと、周りの人たちは、彼が
   まるで誰かを待っているようだと噂していることなどを口早に話してくれました。

   彼と同じ村の漁師のおかみさん・・・は、私を見るなり、
   「あれえ、土屋のじいさんが待ってたのは、もしかしてこの先生でねぇだろうか」
   と言い出したのです。

   「東京から先生が来てくれましたよ」
   看護婦さんの声がわかったのか、彼はやせ細った よどんだ焦げ茶色の手をかすかに震わせ、
   細い目を開けて私を見たのです。 まなじりから一筋の涙がこぼれました。
   それまで土屋さんというおじいさんは、私にとって、言ってみれば行きずりの人でしかありま
   せんでした。
   私は彼の手を固く握りました。 干からびた節骨の太い冷たい石の塊のような手でした。
   この手を握って、このおじいさんが私をこんなにも待っていてくれたことと、私が来たことを
   彼はしっかり見届けたことを、私は実感したのです。

   「土屋のおじいちゃん、わかったずら。 やっぱりこの先生を待ってたんだよなあ」
   「あんなに誰かを待ってた風だったもんなあ」
   「それにしても、ひと月以上だじゃあ、先生との約束を果たさなきゃあって、頑張ったずら」
   「これでおじいちゃん、安心して逝けるずら」
   波の荒い磯で大声で話しあう習慣の村の老女たちのひそひそ話は、廊下から病室の中まで
   筒抜けです。
   身寄りのない土屋さんが、何気なく口にした私の一言を、ここまで大事にしてくれたかと思うと
   胸が熱くなりました。

   「土屋さん、会いに来ましたよ。 私もお会いできてうれしいです。 土屋さんが待っていて
   くださってとても感激しています。」
   私は彼の手をもう一度かたく握りしめました。 すると、彼の閉ざした目から涙がこぼれ出
   ました。 枯れて小さく縮んでしまった体の中にどうしてこんなにも、水があったのだろうと
   不思議なほど、涙が後から後からあふれ出るのです。
   骨がごつごつしているのでよけい痩せ細ったことを感じさせる足をさすりながら、私もまた
   涙を流しました。 こんなに必要とされていることへのありがたさに、深い感動を覚えていた
   のです。 彼はいつしか、うつらうつらと眠りについたようでした。 気持ちよさそうでした。
   私はその寝顔を見届け、そっと病院から抜け出しました。

   伊豆の穏やかな春の海を眺めながら、母のところへ向かう道すがら、私は土屋さんのことを
   考えていました。 私がしたことは、ただ足をさすってあげたことだけでした。 しかし身寄りも
   なく見舞い客もない彼には、入院以来、お医者さんや看護婦さん以外に、自分の体に触れた
   人もなければ、まして時間をかけて足をさすってくれた人などなかったのでしょう。
   彼は肌にじかに人の手のぬくもりを感じるのがうれしかったのでしょう。 どこの誰かはわから
   ないけれども、その人がもう一度来て足をさすってくれる、彼はもう一度待ってみようと思った
   のではないでしょうか。 待つという希望がひと月以上命を永らえさせたのでしょう。

   アウシュヴィッツ収容所という極限状況の中で、同じ厳しい条件のもとで最後まで生きのびた
   人は、誰かが自分を待っていてくれるという希望を持ち続けた人たちであったと『 夜と霧 』
   中で述べています。 人は命の限界に来てもなお、生きるか死ぬかを選択すると言われます。
   心の内奥を充満してくれる希望があるかぎり、病気は治癒に向かう可能性に満ちていることも
   証明されています。

   土屋さんは、私が訪ねたあと眠り続けたまま、その晩、静かに息を引き取ったとのことでした。    
   伊豆の海で過ごした漁師の一生でした。 沖に黒雲の湧き立つ時は、晴れるのをじっと待ち、
   時化の時は風の静まるのを待つ、自然と共に生きた生涯でした。 自然を相手に「待つ」ことを
   身体で覚え、「待つ」ことは「希望」につながっていることを熟知している生涯でした。



シスター鈴木の著書から、いくつかのエピソードを紹介させていただきました。
今回の個所をキーボードで入力しながら、私は目頭の熱くなるのを抑えることができません。

『 小さくとも、希望をもって待つものがあれば、人はその日まで待ち続けることができる。
それが実現したとき、こころからの安堵感を抱いて 《眠り》 につくことができる 』
ということを、深くこころに刻むことができたのです。

私も、今日から、誰にも知られない「希望」をもって、その実現を待つことにしました。

この本を、多くの人々が読んで下されば ・・・ と願っています。





今週のレクィエム


   カトリックでは、11月は典礼歴の最後の月であり、伝統的に「死者の月」とも呼ばれています。
   11月2日(死者の日)ミサから戻ると、「訃報の通知はがき」が入っていました。
   名古屋に住む H君のご子息からで、「父が亡くなり、近親者で葬儀をすませました」という内容です。

   H君は、1958 〜 60 年の2年間、会社の研修機関で一緒に過ごした同期です。50音順の座席だった
   ので、教室でも、寮でも隣り合わせでした。 運動が苦手な私と違ってスポーツマンの H君でしたが、
   趣味の音楽では一緒にアンサンブルを楽しんだりした仲です。 クロマティック・ハーモニカに初めて
   出会ったのも、H君を通じてでした。

   

   この写真は、1997年5月に、JR名古屋駅で撮った、彼との最後の写真です。
   当時、退職後のボランティア活動(障害者の在宅研修)に携わっていた私は、障害を持つ受講生を
   訪ねた戻りに、同期生3人で夕食を共にしたのでした。
   左から、Kさん・私・H君。 (在学中から、同期でも年長者には「さん」づけ、同い年・年下は「君」づけ     
   という習慣がありました。)

   仕事の上では、名古屋中心の H君・Kさんと、関西での勤務が長い私とでは直接的なつながりはない
   のですが、出張の折に会ったり、同期会で旧交をあたためたりと、ずっと交流は続いていたのです。
   彼が退職後「世界一周の船旅」に出かけた際には、イースター島から絵葉書を送ってくれました。
   今も、我が家のステレオ装置の横には、「モアイ像」の絵葉書が飾られています。

   

   彼のことで忘れられないのは、奥様の難病治療のために、オーストラリアの病院まで同行したと聞いた
   ことです。 そのご苦労はよい結果を齎すことなく、残念な思いをなさったと聞きました。
   今年の年賀状には、通院中の大学病院の前で撮った写真が載せられていました。 同い年の仲間が
   亡くなったという知らせには、正直、格別の感慨を覚えます。
   写真の左端の Kさんも、今年の1月に亡くなっています。 (「死にゆく者からの言葉」のプロローグで
   触れた あの Kさん です。)
   昔、三人で写真をとると、真ん中の者が先に死ぬと聞いたことがあります。 今回の写真ではそれが
   外れ、私がひとり残ってしまいました。

   平均年齢という数値からだけいえば、 残り41週 という状況にある私です。
   来年あたり、H君、Kさんと一緒に、あの世とやらで酒を酌み交わすことになるのでしょう。
   私のイメージする「あの世」は、キリスト教的な「神の栄光に満たされた」それではなく、むしろ、
   月の光が差し込む縁側で、虫の音を聞きながら、三人で熱燗を静かに味わう ・・・ といったものです。

   お二人との再会を楽しみに ・・・ そんな心境の「私」でした。




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