☆ 6月第1週 ☆    2014/5/29 〜 6/04


  散歩一周年

  一年前、私は股関節の不調で大変苦しんでいました。 椅子から立ち上がると、常に股関節に違和感を覚え  
  マンションの集合ポスト(郵便受け)までの数十メートルを歩むのも、決して足取り軽くとはいかない
  けっこうみっともない状態にありました。 近くのどこかに出かける際も、自転車か、バスを利用。
  評判のいい整形外科の先生を紹介してもらったものの、6ヶ月の予約診察待ちという始末。
  これでは Quarity of life が著しく損なわれると私なりの決心をして、毎日30分の散歩を始めました。
  これは、この一年間の記録です。 どなたかのご参考になれば幸いです。 


  ウォーキングと私
   子どもの頃から、運動嫌いの子でしたが、なぜか歩くことは全く苦にしていませんでした。
   20歳代は、職場に山好きな先輩・後輩がそこそこいて、一緒に日帰りの山歩きを楽しんでいました。
   これまでの山行で、一番高い山は、標高 2,932m の 白馬岳 です。

        その時の日記を こちらで公開 しています。

   定年退職後、再就職先は、たまたま阪神電車の各駅停車駅の近くでした。 そこで、2つ手前の特急・
   急行停車駅から、毎日往復とも歩くことにしました。 また、時間的にも余裕ができたので、夜や休日の
   ウォーキングを加え、毎日、一万 〜 一万二千歩を歩くことにしていました。 月間の総歩行距離は、
   住いのある西宮市から、JR 線路換算で名古屋の先にまで到達する距離でした。

   ところが、このウォーキングは、思わぬトラブルを齎しました。 左足親指に「外反母趾」が発症した
   のです。 確かに、直接の原因がウォーキングかどうかは不明ですが、たまたまタイミングが一致した
   ので、私としては、そう思ってしまったのです。

   ホームセンターの便利グッズ売り場で、外反母趾を矯正するラバー製の器具?を求め、着用したの
   ですが効果はなく、むしろ覆われた部分が蒸される状態で、親指の爪の内側に水虫が発生しました。
   皮膚科に通ったものの、全く改善の兆しが見られません。 結局、ウォーキングも水虫の治療も中断
   することになってしまいました。


  散歩の日課
   歩く機会の減ったことが股関節不調の原因では・・・と考え、昨年6月2日から、毎晩、30分ほどの
   散歩を自分に課しました。 近くのスポーツ公園まで、とりあえず歩き、そこで簡単なストレッチと
   小休憩。 帰りはルートを変えるなど単調さに陥らないよう工夫しました。 夜の散歩は、涼しげで、
   また月の満ち欠けの変化に気づくなど、それなりに、これまでとは違った好ましい習慣となりました。
   しかし、僅か10分ほどの連続歩行が、まるでどこぞやの独裁国家の強制収容所での労働を思い起こ
   させるほどの苦痛を齎すのでした。 鬼のような看守が棍棒をもって囚人をなぐりつけるイメージが
   来る日も来る日も頭の中を占領していました。

   散歩を日課にし始めて50日目の7月29日。 ストレッチ後の、帰路についた時、股関節の不調が嘘の
   ように消え、スタスタと家まで、本当に信じられない足取りで戻ることができました。 こんな心地よさ
   は、何年ぶりだろう・・・という嬉しい体験です。
   翌日、症状はまた元に戻るのですが、これを続ければきっと改善されるという強い期待が、意識のうち
   に、はっきりと芽生えました。

   調子のよさが、日を追って戻ってきて、10月には、東京での同窓会にも参加。 母校の広い敷地の
   あちこちを、50年余の昔を思い出しつつ見学し、さらには京王線・仙川駅までの、すっかり様変わり
   した街並みを苦にもせずに歩けたのが本当に不思議な気持ちでした。
   この散歩の習慣、今もずっと続いていますし、これからも続けます。 散歩という一番手ごろな生活
   習慣が、こんなにも有用なものであることを、心底から実感し・感謝しています。


ここに記した内容が、医学的に正確なものかどうかは分かりません。
あくまでも個人的な感想です。 ご承知ください。




断捨離 : コンサートのケース
 

5月のコンサート



ワンコインコンサート : 芸文大ホール



トークも楽しいコンサートでした。




ブラームス&シューマン チクルス(3)
 : 芸文大ホール

    

ヴァイオリンのソロ : 郷古 廉 が、実にいい。
スケールの大きさを感じます。


  「終活」の一部として、「断捨離」という作業も大切な要素でしょう。   
  もともとは、身の回りの整理というところから出たものでしょうが、
  自分の死後、家族が驚くほどのゴミの山が、書棚や物置などに
  どっさりと残されているであろうことは、容易に想像できます。
  家族にそのような雑用を残すのではなく、自分であらかじめ
  処分しておく方が望ましい・・・というのは当然のことです。

  それと同時に、いやその前提として、これ以上ゴミを増やさない
  生活スタイルに切り替えていくという点も必要だと考えました。
  今回は、その一番手として、私のコンサート通いをとり上げます。

  1954年の8月から始まった私のこの道楽は、昨年10月に通算
  1,200回の記念すべき節目を迎えました。 現役の約40年間に
  400回、フリーになってからの 20年間に 800回 という割合です。
  さらに 1,300回を目指すという選択はとらず、むしろこれからは
  自然体で臨むと方針変更しました。
  また、それまでの大阪 ザ・シンフォニーホールでの大阪フィル
  ハーモニー交響楽団の定期演奏会が、新しい会場(建替え後の
  フェスティバルホール)に変更(復帰)したのを機に、定期会員を
  やめると決断しました。
  1,200回のコンサート通いが、多いか少ないかは脇に置き、実に
  忘れがたい思い出の日々でした。 (ゴルフ好きの人なら、年に
  50回のプレーを 30年間続ければ、1,500 回ですから、珍しくは
  ないのでは・・・という気もします。)

  これまでの演奏会を、会場別に集計すると、
    1.ザ・シンフォニーホール(大阪) 401回
    2.いずみホール(大阪) 151回
    3.兵庫県立芸術文化センター
           大ホール(西宮市)
 106回
    4.旧フェスティバルホール(大阪)  85回
    5.ザ・フェニックスホール(大阪)  47回
    6.東京文化会館(東京・上野)  41回
         以下、略
  ですから、ザ・シンフォニーホールでのコンサートの回数が
  減れば、「断捨離」効果もかなり上がる・・・と思われます。
  これからは、地元の県立芸術文化センターが主になるでしょう。

  沢山の思い出の詰まったコンサート・プログラム(冊子)がある
  のですが、これを処分するのはかなり苦痛な作業です。(u_u)

  ちなみに、1,200回の中で、私の選ぶベスト3は、

  1)ヴェルディのオペラ「オテロ」 1959/2/7 旧・東京宝塚劇場
    マリオ・デル・モナコとティト・ゴッビの組み合わせで
    20世紀後半の最高のキャストといっても過言ではないもの。

  2)ベルクのオペラ「ヴォツェック」 1963/11/6  日生劇場
    タイトルロールをワルター・ベリーが歌い、本当にしびれる
    ばかりの名演でした。 噂に聞いていた第3幕の間奏の h の
    ユニゾンは、鳥肌のたつ凄さで今でも思い出せます。
           この日の日記は、こちら

  3)ゲヴァントハウス管弦楽団のベートーヴェン交響曲(全曲)
                1989/11 ザ・シンフォニーホール
    クルト・マズアの指揮するこのチクルスは、5日がかりのもの。
    もちろん、ウィーン・フィルやベルリン・フィルといったオケも
    よかったのですが、これが西欧の伝統の響きだ! という
    強烈な印象を与えてくれた点では、このオケが最高でした。



今週のいちおし   はじめて、大阪ミナミの有名な串カツの老舗「だるま本店」に行ってきました。
  10名ほどのカウンター席だけのお店で、金曜日の昼でしたが、入店するまで
  20分ほどの行列。 ここの串カツ、味はもちろん 加えて 衣のあっさりさにビックリ!!
  こんな心地よい衣には出会ったことがなく、おやじさんにそのことを話したところ、
  『お客さんの年齢を判断して、薄目に揚げてあります』とのこと。 これには心底感服。
  対面での調理という特性を活かした、こういう気配りのできるお店に出会えて、さすが
  大阪の老舗・・とすっかりファンになったのでした。 すばらしい!!



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