<b>余りもの 2016年6月</b>


《 2016年 6月 》

 6月  8日 81歳の誕生日を迎えました 5月のプロ野球 MVP  
9日
10日
11日
12日
13日 ベルカントで歌う 
14日 タイガースやっと・・・  
15日 小説「イエスの涙」再読 D  
16日 ゲーム Free Cell 成績データ  
17日
18日
19日
20日
21日 公民館パソコンおたすけ広場  
22日 PAC Strings : ラベル「弦楽四重奏曲」  
23日
24日 参院選 期日前投票
25日 福留選手2000本安打達成
26日 英国国民投票結果
27日 ベルカントで歌う  新聞川柳投稿欄
28日
29日
30日 今月の診療記録 
 7月   1日
 2日
 3日
 4日
 5日 公民館パソコンおたすけ広場  
 6日
 7日


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「イエスの涙」 D イエスの 『生』 を考える


イエスの 「死」 よりも、その 『生きざま』 に目を向けたい!




キリスト教では、イエスの 「十字架上の死」 こそが父なる神の 《人類救済計画の究極の姿》 と教えます。
だからこそ、教会の尖塔にも、礼拝堂の正面にも十字架が掲げられ、(カトリックや東方教会では)十字架の
しるしを(祈りの際にしばしば)用います。 私が子どもの頃しっかりと教えられた 『公教要理』 によれば・・・

   十字架の印は、『聖父ちち聖子と聖霊との御名によりて、アーメン』 ととなえながら、
   右手を額に当て、これを胸まで下し、次にその手を、左の肩から右の肩へ引くので
   あります。                                 
   十字架の印をする毎に、三位一体の玄義と救世の玄義とを想い起して天主に感謝し、
   又、天主の御恵みを願わねばなりません。                   

とありました。 ちなみに、東方教会では、「左の肩から右の肩へ」ではなく、「右の肩から左へ」です。 (^_^);



さて、今回は、ジェラール・ベシエール著「イエスの生涯」(知の再発見双書44:創元社)を材料にして、
イエスの 『生』 を見つめてみたいと思います。 私にとって、このようなスタンスは、非常にフレッシュで
自分の日常生活・信仰生活を、生きた感覚で見つめなおす 《好ましい》 ものだと感じられるからです。


 ・ 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ 1:15)

   『神の国は近づいた』。 これほど人々の心に訴え、既成秩序にとって危険な言葉はなかった。
   この言葉は、内に蜂起や反乱の火種を宿していた。 群衆は何度もイエスを王に祭り上げようとした。
   最も近い弟子たちでさえ、イエスが政治的役割を担い、「イスラエルのために国を立て直す」(使徒 1:6)
   ことを期待することになる。 

 ・ 「悔い改める」こと、「福音を信じる」こと

   イエスのこの二つの勧告は、人の心に切り込んでくる。 「悔い改めよ」とは、文字通りに「心を変えよ」
   ということだ。

          いわゆる改心・懺悔という意味ではなく、生き方の目標・価値観を転換させるといったニュアンス

   「福音」とは、伝令が誰もが喜ぶような出来事(戦争に勝ったとか、君主に跡継ぎが生まれたとか)を
   民衆に伝えることを指す。 この言葉は、その後何世紀にもわたって、イエスの教えと生涯を表す言葉、   
   そしてそれを文字で記録した4編の短い書物を指す言葉となるのである。

 ・ 「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である」

   病人や身体の不自由な人への思いやりは、イエスが地上の生涯において身をもって示した教えの
   中でも、最大の要素である。 もう一つ、イエスが重視していたのは、ただしい人たちが「罪人つみびと」と呼ぶ
   人々と交わることだった。 「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。 わたしが来た
   のは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マタイ 9:11〜12)

 ・ 安息日の問題

   イエスは(ユダヤ教の)律法を否定しないが、律法にとらわれてもいない。一段高いところからの
   見方、純粋な律法遵守の域を超えた視点に立っている。  安息日に手の萎えた人を治すつもり
   だろうか −− そう心のなかで訝っている人々に、彼は質問する。「安息日に律法で許されて
   いるのは、善を行うことか、悪を行うことか。 命を救うことか、滅ぼすことか」(ルカ 6:9)

   イエスは、安息日を守らなくてもよい条件について理屈をこねることも、詳細に検討することも
   しない。 彼にとって、絶対は愛だけである。 人間はこの愛に照らして自由に決断すべきであり、
   何ものも彼らの行動を細かく枠をはめたりしてはならない。

 ・ 神の国

   彼が告げ知らせる神の国とは、法で規定された倫理のことではなく、神とのいきいきとした結びつき
   のことである。 確かに神の国の告知は、あらゆるものの見直しを迫る。 しかしすべてを捨て、この
   新しさに賭ける価値がある。 全財産を売り払って高価な真珠を買うことによって、あるいは宝が隠さ
   れた畑を買うことによって、一生に一度の得難い買い物をした人(マタイ 13 44 - 46)のように。



こういう引用を延々とする必要はないでしょう。 実際に、ひとりひとりが福音書を手に取って、イエスの
生きざま・人々に話したこと・人々と関わったことを、確かめてみましょう。 私の別のブログ(サイト)も
少しはお役に立つかもしれません。  
http://ilovejesus.minibird.jp/jesus/jesus.htm

私が、キリスト教から読み解いた最大のポイントは、こういうことだった ・・・ のです。

大事なことは、「イエスにならって神と人とを愛すること」 「周りの人々、とりわけ困っている人、弱って
いる人々に本気でかかわること」 「イエスがそうなさったように、報いを求めず、称賛を欲しないこと」。


『 マタイ福音書にみる イエスの強烈なことば 』

人の前で善行をしないように注意しなさい。(6:1)
施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせてはならない。(6:3)

祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところに
おられるあなたの父に祈りなさい。また、異邦人のようにくどくどと
述べてはならない。異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると
思い込んでいる。(6:5-7)


イエスの教えの神髄を、私はこのように受け止めます。

それが、難しく ・ 決して甘美なものでもなく、自分にはとても担えそうにないものであっても。
イエスにならって生き抜いた先達たち、その姿を少しでも真似ることができるように ・・・

参考: 私の好きな 「イエスを生きた人々」 は こちらで。

キリスト教が 「典礼(礼拝・儀式)、祈り」 や 「聖書の勉強・解釈」 にウエイトを
置いているのとは、まったく別の、『信仰』 のかたちが ここ にはあるのです。

信仰の現場での、2つのかたちの違いの一例

少々乱暴な表現になることを恐れずにいえば、「宗教は信徒を
枠にはめようとするが、信仰は一人ひとりを生き生きとさせる」
という決定的な違いがあるようなのです。


報いを求めず、称賛を欲しない生き方 ・・・ これこそが私の描く 『信仰』 の姿です。

首にぶら下げた十字架のアクセサリーとも、教会の尖塔や祭壇に掲げてある十字架
とも無縁な、イエスに倣って生きようとする「信仰者」の姿。 それだけが大切!

私の 『脱・キリスト教』 という現在の立ち位置は、こういうところなのです。
キリスト教と出会ったひとりの男が、時間をかけて得心した 『イエス体験』 です。

このシリーズは、これで終了にいたします。




PAC Strings : ラベル 『弦楽四重奏曲』 ほか

地元、芸術文化センターでの室内楽。 7年ぶり、8回目のラベル「弦楽四重奏曲」をスコア持参で
聴いてきました。 第1バイオリンがちょっと控え目で、むしろチェロが張り切りすぎという感じ
でしたが、若い溌剌とした演奏で好感が持てました。 チェロ奏者が PAC を卒業するようで、
彼女の晴れ舞台を演出したのでしょう。 もうひとつは、フランセの「クラリネット五重奏曲」。
1977年の作品にしては、ずいぶん古いスタイルで、初めて聴く作品。 ラベルと組み合わせた
プログラム編成にはちょっと違和感を覚えました。 アカデミーでもある PAC オーケストラの
団員に対するトレーニングを兼ねたこの手の室内楽シリーズは、楽しく・有り難い企画です。







参院選 期日前投票

今回は、事前投票に行ってきました。 というのも、これまでは居住マンションの隣にあった投票場が
なぜかなくなりちょっと遠くになったのです。 期日前投票のできる場所は、大型ショッピングモールに
設けられ、所用のついでに気軽に立ち寄れます。 この方が、自分の都合にあわせて投票できて、
かえって便利 18歳からの若者の参加もはじまった今回の選挙、どんな結果がでるか楽しみです。




英国国民投票結果

世代別の賛否を見ると、若い世代が「残留」、高齢者が「離脱」という傾向がはっきりと見て取れます。




また、地域別に見ても著しく傾向がはっきりとしているようで、この国民投票がもたらす影響は
これからの英国の 『かたち』 を大きく左右するものになりそうな感じです。 国民の一時的・
表面的な判断にもとづく投票行動が、大きく国家の 『かたち』 を左右する 《 民主主義の手法 》
意味を再考するよう問いかけられている気もするのですが、考えすぎでしょうか?


 


今月の診療記録

6月21日 内科  血圧 120 - 70 、投薬(3種) :  700円
 合計700円