☆ 10月第4週 ☆    2014/10/16 〜 10/22


臨死体験 : 鈴木秀子  「死にゆく者からの言葉」  B


   病院の五周年記念のお祝いに、私は友人三人と一緒に招かれて、札幌全市が見渡せる丘の
   上の病院を訪ねました。

   「そういえば、明日は私の父の命日です。 去年この病院でなくなりましてね。 私の父も東京で     
   病院の院長を長年していました。 私が東京を離れ、札幌に病院を建てたのも、長男として、
   どこか父に張り合うものがあったからかもしれませんね。 父を見送ってから、いろんなことが
   見えてきましてね。」
   院長先生は、大学を出てから、長年アメリカで老人向けの病院を研究し、老人に適している
   環境を捜して、今の病院を建てたのです。

   「老人の痴呆症の治療のひとつとして、自分のアルバムを持ってきてもらい、それを使うときが
   あります。 子供の時からの写真を繰っていき、自分がどこにいるかと聞くと、痴呆症といわ
   れるほとんどの老女が、不思議と生涯の同じ時期を選び、その頃の写真を指で指し示します。
   それは自分が初めての子供を産んだ時です。 つまり、母になった時です。 ですから、女性に
   とって原点は、母になることにあるのかもしれません。
   男の人ではそんなことはありません。痴呆症と見なされる老人に、アルバムの中から自分は
   どこにいるのか捜してほしいと言いますと、だいたい子供の頃、父親と一緒にいる写真を選び
   出します。 男性にとっての原点は、父親かもしれませんね」


     こういう文章に出くわすと、最近の傾向としては「独身女性蔑視だ」といった
     声が聞こえて来そうですが、そうは言ってほしくありません。
     私自身、父親との写真など一枚もない境遇ですが、この文章を差別だとか、
     私への侮蔑だ・・・などと受けとめる気など全く起こしてはいません。
     全体的な傾向として、こういう現象が見られるという程度に理解すれば済む    
     話だと思っているからです。



   そこで、院長先生にとって、父親とはどんな存在だったのかということがみんなの関心の的に
   なったのでした。
   「私にとって父親は、大きな山のようなもので、いつも乗り越えよう乗り越えようとする対象
   だったようです。 親が偉すぎるというのもまた辛いものですが。
   父の具合が悪いと聞いた昨年の夏、強いて父を札幌に呼び寄せたのも、心のどこかで、父の
   死に方を見たいという思いがあったようです。 父の死の前日、つまり、昨年の今日に当たり
   ますが、もう時間の問題とわかり、父の友人の牧師さんに来てもらいました。 父は、青年の
   頃から、内村鑑三に感銘を受け、生涯を熱心なプロテスタントの信者として過ごした人です。
   意識のない父の枕元で、牧師さんは、大きな声で臨終の人のための祈りを唱えていました。
   私たち家族は、父のまわりで、悲痛な思いでその祈りを聞いていました。 すると、意識の
   なかった父が、突然目を開け、いつもの父らしく、私の方をしっかり見ました。 そして臨終の
   病人とは思えない、力強い大きな声でこう聞いたのです。

     『 いま、死に行く友のためにと祈っていたようだけど、それは、わしのことかね 』

   度肝をぬかれた私は、思わずうなずきました。 父は大きな澄み切った目で私の顔をしばらく
   じっと凝視していました。 そして視線を私に向けたまま、ひとりごとのようにはっきり言い
   ました。

     『 そうか、死ぬとはこういうことなのか 』

   そして、父は静かに目を閉じ、再び目を開けることも言葉を口にすることもありませんでした。
   父は、多くの患者を看取り、数知れぬ人々の死に立ち会ってきた人です。
   しかしこの一瞬に、父は初めて死と出会い、死を受け入れる覚悟をつけたのだと思います。

   戦国の武将の最期のようないさぎよい父の死でした。
   日々のできごとの中で、神の御旨を受け入れることに、生涯、努力してきた父は、最期の時に
   神から贈られたあの世への旅立ちの瞬間を、心を開いて受け入れたのでしょう。 父らしい
   最期でした。 そして息子の私は、父から、一生をどう締めくくるのかという課題を残された
   気がします。

   女性が、身を分けて命を与えた瞬間を、自分の原点とするなら、男性は命を受け、命をもらった
   源泉を思うのかもしれませんね。
   やはり、男にとっては、父親は大きな存在であり、無意識のうちに父の背を見つめながら生涯を
   生き続けるのかもしれません」

   静かな時間が過ぎて行きます。  深い沈黙の中で、私たちは、死者の存在を身近に感じて
   いました。





                       
今週の    お粗末       信じられへん     
 やっぱり ・・・

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