☆ 8月第4週 ☆    2014/8/21 〜 8/27


「帰らざる夏」 〜 16歳の少年兵:苦悩と挫折




   私よりは6歳年長の主人公たちが登場する幼年学校が舞台の小説です。
   私が8月15日に感じた状況とは大きく異なる、ダイナミックな話の展開です。

   作者 加賀乙彦氏 のことばを借りれば・・・

      2・26事件の青年将校たちの母校として知られる幼年学校が舞台である。
      これは、天皇主義という時代の精神を、もっとも忠実に、また極端に信じこんだ少年たちの友情と
      挫折と破滅の物語である。 少年たちの怨念は、みずからは無傷のまま無責任に生き残った
      天皇制とそれを擁護した大人たちの虚偽へと向けられるであろう。
      この小説を構想中に三島事件がおこった。 それは私が小説中で書こうと思っていた出来事が、
      ふいに現実となったような驚きを私に与えた。 三島事件は当然私の筆に影響し、緊張を与えた。

   私の場合は、敗戦で、ある意味、安易に欧米化の波に乗っかってしまった世代ですが、敗戦の直後に
   命を落としたり、生きる意味を見失った多くの先輩方がいたわけです。 大戦中に亡くなられた大勢の     
   父や兄たちだけでなく、8月15日を生きて迎えた人々の中にも、こういう苦悩の人生があったことを、
   あらためて想起し・記憶したいと思います。

   小説のストーリーをここでは追いませんが、当時の若者の「命の輝き」に関心を持たれる方々には、
   ぜひご一読をお願いしたく思います。



   この本には、著者(加賀乙彦さん)と秋山駿さんとの対談が付録としてついています。
   これが大変興味深かったので、その中の一部をご紹介しておきたいと思います。

    加賀 ところで、その列外にはじき出したのはだれかというと、何とこれは戦争を指導した人たち
        なんだな、妙なことに。 その人たちは戦後ね、ちゃんと指導者として生き残って・・・。
    秋山 まだ生き残ってる。 おかしいね。
    加賀 そうなんですよ。 そこがね。 ほくは戦後のいちばんの過誤だと思う。 戦争指導者がそのまま
        民主主義者として生き残ってね、戦後の平和な世代を引きずっていく。
    秋山 うん。 いや、だからぼくもこれはインチキなものだと思ったけれど。
    加賀 インチキですよ。 ほんとにインチキなんだ。

    加賀 戦争中はみんなが戦争に対していやいやながら参加して、学校の先生も両親も、もう早く敗戦
        になればいいと思ってた、そういうくらい、憂鬱な時代だったという、戦後のつくりあげたフィク
        ションね。 これはいまの高校の教科書に書いてある通りですよ、社会科の。
    秋山 そうです、フィクションね。
    加賀 それがなんとなく一般にしみ渡っていて、それからはずれた、つまり規格からはずれた体験と
        いうのは、あんがい抑圧されて思い出せなくなっちゃている。
    秋山 戦争というものはなにも人類の災厄なんていうものばかりじゃなくてね、もう一つの場面、
        はっきり勝つか負けるかということがある。 だから、負ければどんな災厄があるかということは、
        もう考えられもしないほど明らかなものだから、絶対勝たなくちゃいけないっていうとこでね、
        すべての能力を捧げようという気持ちがやっぱりあるわけですよ。 そういうことをはっきり
        根底に置いて考え直すんなら、その反省の言葉をぼくは聞けますけれどもね。
    加賀 ほんとうの反戦、平和運動というものは、その反省がなくちゃ生まれないと思うんですよ。
    秋山 そう、ぼくもそう思う。
    加賀 戦後の平和運動がなんとなくひょろひょろしているのはね、戦争責任というものはごく一部の
        東条をはじめ極東軍事裁判で処刑された人たちによって起こされたとしたためね。 
        一種の贖罪山羊だな。 彼らに全部罪がのり移って、私たちは清浄潔白になったという意識で
        平和運動がはじまっているでしょう。 だから要するに一部の軍部、一部の軍人どもを糾弾する
        のが戦後の平和運動の思想でしょう。
    秋山 うん、そうなんだな。
    加賀 ところがそうじゃないとぼくは思うんです。 あの時代に生きた人たちは大部分戦争を肯定して、
        勝たなくちゃならないと思っていたでしょう。 戦後アメリカ軍が来たとき、それを解放軍だと
        みなす意識じゃなかった。 やはり敵が来たという意識があったはずよ。 それがどこかへ
        いっちゃったわけですよ。
    秋山 あれはどうしてなくなっちゃったのかねえ。
    加賀 それはアメリカの占領政策が非常に巧妙だったということもあるし、・・・・国民の大多数が
        戦争責任をまぬがれたいという気持ちのせいでしょうね。 つまり全部がゴマカシなんですよ。

    秋山 でもね、ぼくは要するに現在のわれわれが考えても よくは解きほぐせないもつれっていうもの
        を、その戦争中の少年もやっぱり抱いているわけですよ。 そのもつれを描いてもらったからね。
        それ自体として、なんというんだろうな、懐かしいというんじゃなくてね、あ、やっとぼくの世代の
        一人が書いてくれたなと思ったよ、これは。 そうでないと、われわれより少し前の、背伸びして
        おとな的な知識人になっている言葉か、われわれより少しあとの戦争における被害者としての
        疎開派の言葉しか、小説に見当たらなくなってしまうから。
    加賀 そう思う。 それはそう思いますね。 そういうふうに読んでいただければ ほんとにうれしい
        ですよ。





今週の甲子園   夏の高校野球大会も終わりました。
  大阪桐蔭高校が優勝しました。
  悪天候と猛暑がまじりあった過酷な
  大会でした。

  甲子園にも秋がやってきます。
  暑い夏そして青春の終わりです。
  



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