12.22

  朝寝坊する。 クリスマス音楽のステレオ放送など。 楽しめる。
  フルート、一時間くらい吹かないと調子が出ない。
  高円寺教会で、夕のミサ。 告解、聖体拝領。
  「ヘンゼルとグレーテル」 on the air.

 
12.23

  大斎、小斎日。 朝食抜き、昼は定食と牛乳2本、夜はそば。
  それほど空腹でもない。
  Tape Sort のシンポジウム。 難しいが面白い。

  N響+ロイブナー。 ティルとブラームス第2。 on the air.

  Wrote to brother & A7 神父。

  この日は、クリスマス直前の恒例の「断食・断肉」日でした。

  「ティル」とは、R.シュトラウスの「ティルオイレンシュピーゲルの
  愉快ないたずら」という交響詩。

  A7 神父は、別府教会の主任司祭です。
12.24

  帰りに、明朝のミサの時刻を知りたくて、吉祥寺教会に立ち寄る。
  聖堂にもどこにもそういう掲示がない。 売店の女性は「そんなに知りた  
  ければ、司祭館に行って聞けば・・・」という。 ボーイ・スカウトの
  少年にも尋ねるが、知らないという。 どうなってるんだ?

  放送劇、谷川俊太郎「十円玉」。 面白い。 女の子のせりふが実に
  うまい。
  ラジオを聞いて過ごす。

  当時も今も、教会は Welcome 精神に欠けているところだという気が
  します。

  吉祥寺教会 '63.11.03
12.25

  7時半、高円寺教会でミサ・聖体拝領。
  午後、本社へ。 今年最後の作業報告。
  夜、係のマージャン大会。 少し疲れ気味。
  昨日・今日と暖かい。

  結局、職場に近い吉祥寺教会ではなく、高円寺教会で朝のクリスマス
  ミサに与ったのでした。
12.26

  昨日本社で耳にした、「CAMA 導入再検討の動き」で、みんなはショック
  を受けている様子。 あまりに CAMA のプログラマということを意識させ
  過ぎていた訳だ。
  昼休み、そして仕事が終わってからも、その話をする。
  研究室の御用納め・顔合わせを、繰り上げて今日実施。

  マルタンの「魔法の酒」の続きを聴く。

  これまでにも触れましたが、電電公社では「市外通話のダイヤル接続」と
  いう大きな課題を推進している最中でした。 その際、通話料金の記録を
  (電気メータのような)積算方式で行うか、日時・相手番号などの詳細
  記録を残す方式(=CAMA 方式)で進めるかで、社内の議論が対立?して
  いたのでした。
  私の記憶では、施設局が積算方式(カールソン方式:K方式)を支持し、
  技術局&通研が詳細記録方式を進めようとしていました。
  当面の方式は、すでに K方式で決定済みでしたが、技術局には CAMA での
  巻き返しを考えている動きがあったようでした。
  詳しくは記憶しませんが、昨日の係長の話は、佐々木技師長の委員会で
  CAMA方式からの撤退が決まったという内容だったのだと思います。
  新しく来た4名のプログラマは、CAMAという言葉で本社に転勤してきた
  ため、自分たちの仕事がなくなる・・・という不安を覚えたのです。
  大局用電算機の「性格」をめぐって、私自身もそういう不安を覚えた時期
  がありました。(63/07/03 の記録など)
  しかし、CAMAとは無関係に、全国の料金計算業務を電算化するという方向
  で、現在の開発プロジェクトは着々と作業を推進していましたので、その  
  ことを新しいメンバーにもしっかりと理解して貰うことが課題でした。
  私たちは CAMA のためのプログラマではなく、料金計算用システムのプロ
  グラマであるということです。
     これも前に書きましたが、ダイヤル接続の早急な推進に資した
     K 方式も、ずっと後に、消費者意識の変化に伴う通話明細への
     強い要望によって、積算方式から明細記録方式に取って代わら
     れることになります。 技術の急速な普及と、消費者の更なる
     利便追求とは、その時代・その時代で変化していくのでした。
12.27

  問題のバッジを貰う。 これを胸に付けたって構わないと思う。
  組合は何をやっているんだと思わざるを得ない。

  タイパ・プログラム、キャンセル・エントリー挿入の部分で一部修正。
  まだ向うにまかせっきりとはいかず、アドヴァイスする。

  しばらく前から、通研では「社員と来訪者を識別する」ために、
  社員バッジを配布するという方針を出していました。
  労働組合(分会)が反対したため、配布・着用が今日になったの
  でした。 白地に ECL と赤い文字が刻印されたシンプルで
  小さなものでした。 通研側では、Electric Communication
  Laboratory のこのイニシアルを、Everybody Confidence & Love
  人みな、信と愛 と「おしゃれに」読ませていたようで、私は
  そういうセンスがとても好きでした。

  仙台での、タイパ・プログラムの修正を手伝うこともあったのでした。
12.28

  本社へ。 午後から係長のマージャンの相手をさせられる。

  一葉の「おおつごもり」、水谷八重子など。 on the air.
  この心情、そしてこの言葉づかい、何と感動的な!
  マルケヴィッチ指揮の「くるみ割り人形」などを聴いた、夜。

  マルケヴィッチは、1960/09 の初来日時に、日本フィルを指揮した
  コンサートを聴いており、親しみを覚える指揮者でした。


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