02.24

  11時のイグナチオ教会でのミサ。 聖体拝領。
  春一番で、すごい風と砂ぼこり。
  O3 さんと会い、お茶と食事。 フジ・フォト・ギャラリーを見る。
  ぼくのこと、童顔がなくなって大人っぽくなった由。

  Received from M さん。 何とあっさりした内容であることか・・・

  O3 さんは、私が初めて現場に配属になった職場の先輩女性で、
  会社を早い時期に辞め、上京していた人です。
  最初に出会ったのは私が 16歳の時ですから、印象が変わったのも
  無理からぬことです。
  M さんの手紙の雰囲気に失望した私でした。 体調不良を耳に
  したら、すっ飛んで来てくれるようなタイプで欲しかったのです。
02.25

  午後、訓練担当。 フリー・ディスカッションをする。
  なかなか面白い話もでる。
  夜、H3 さんから電話。 ぜひ泊っていけとの話。

  夜の電話は、名古屋からです。 H3 さんは、先月まで本社にいた
  先輩で、例の三角関数の計算を私に依頼してきた人です。
  東海支社の係長として名古屋に赴任していたことから、声をかけて
  くださったのです。
02.26

  寒い朝。 「こだま」快適な4時間で名古屋へ着く。 しかしかなりの
  横揺れを感じた。 きしめんで昼食をすませる。
  12時過ぎ、S さんと落ち合う。 この頃から雪が降ってくる。
  東海支社で H3 さん、調査役、調査員、営業課長と会う。
  その後、T13 係長と一緒に料金局へ。 
  パワーズ・サマスのシステムを見学する。
  それにしてもやはり工程数が多すぎる気がする。
  夜、H2 、K8 、N2 、H3 さんと飲む。 いろいろお世話になり有難い。
  寝台列車「阿蘇」で発つ。 寒い。 つらい夜行列車だ。

  当時、電電公社には東京・大阪・名古屋に料金局という名の電算機セン
  ターがありました。 東京と大阪には IBM の システムが、名古屋には
  パワーズ・サマスのものが導入されていました。
  本社の S さんも、私も、パワーズ・サマスのものを知らなかったので、  
  今回見学に来たのです。

    参考:パンチカードシステムの歴史

  夜集まった H2, K8, N2 の三名は私の同期生。 いずれも学園では
  器楽部に所属して、いっしょにアンサンブルを楽しんでいた仲でした。
02.27

  雪は中国地方でも、九州に入ってからも降っている。
  急に帰って来たので、前の職場でも、家でも驚かれる。
  庶務課はずいぶん異動でかわっている。 ぼくには営業課の料金係が
  やはり懐かしい。 新料金制度のことでは、ずいぶん苦労している様子。  
  夜、博の勉強をみて、久しぶりに温泉に入る。

  一年ぶりの別府です。
  職場は一年間で結構、人の出入りがありました。
  弟の博は、中学2年生。
  別府では普段から市営の温泉が安価に利用できていました。
02.28

  午前中、寝てる。 午後、S2 君とロープ・ウェイで鶴見岳へ。
  何と楽々と登れることか。 1,375m の頂上。
  写真をやたら撮りたくなる。
  それにしてもこの雪の多い今年の別府の山は格別。
  遠く、四国まで望まれ、できたら縦走路を歩きたくなる。
  すばらしい、ぼくたちの山!
  夜、営業課の皆さんが歓迎会をしてくれる。 有難い。

  S2 君は、別府にいた時期、よく一緒に近くの山に登った職場の後輩。
  ロープ・ウェイができてあっけなく登れるようになったのには複雑な
  気持ちがします。
  鶴見岳 ⇒ 鞍ケ戸 ⇒ 内山 と縦走するルートを「別府アルプス」と
  勝手に命名していた私たちでした。

03.01

  T14 さんと山手の遊歩道を歩く。 暖かくいい日だ。 彼女がぼくに
  関心をいだいているのは分かるが、それをやんわり断りたいのだが、
  なかなかはっきりいえないのがもどかしい。
  夜、鶴泉寮へ。 西君とも話すが、彼の反応ははっきり掴めないまま。
  S10 さんと少し話し、後 H4 さんと飲む。 今回の管理職任用試験を
  軽く考えていた模様。 地方にいることの淋しさもあるみたい。
  何か、別府がぼくの生活の場から遠ざかっていく思いがする。
  やはり気持ちも東京に移してしまわなくては・・・ということか。

  T14 さんは別府の職場で一緒にコーラスをしていた10代の女性。
  福岡出身で、私を別府でのおにいちゃんという目で見ていたよう
  なのですが、微妙なところがあり、こちらも接し方に迷いがあった
  のでした。
  西君や S2 君には、学園生活へのチャレンジを焚きつけていたの
  ですが、期待するような反応には至らずちょっと意外でした。
  H4 さんは学園の5期先輩で、多くの同級生が昇進していく中、
  すっと現場に留まっていました。
  私には懐かしい職場の雰囲気が、本社や通研での生活とは大きく
  かけ離れていることを身にしみて実感する「帰郷」となったのです。
03.02

  午後、博とレコードを聴いたりして過ごす。
  夕方、T14 さんが来て、海辺で話をする。 昨日のぼくの話で
  頭が混乱している由。
  夜行の「高千穂」で発つ。 mom, 弟、妹のほか、S10 さん、T14さん
  の見送り。

  さようなら、ぼくの別府の山々!
 


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